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第41回「新現役宣言フォーラム 」:猪瀬直樹氏を迎えて

 

東京都知事から聴く「この国のゆくえ」
猪瀬直樹氏

 

ゲスト:猪瀬直樹氏(東京都知事)
ホスト:福岡政行氏(新現役ネット理事長)

2013年5月24日、東京・新橋のヤクルトホールで、第41回新現役宣言フォーラムを開催しました。今回は、福岡理事長の就任以来、初となる東京開催のフォーラムということで、ホストはもちろん福岡政行理事長。ゲストはご多忙の中駆けつけてくださった東京都知事の猪瀬直樹氏。都知事としての現在の取り組みや、震災時に実際に起きた「奇跡のリレー」のお話などを語っていただきました。

●ソフト面のアイデアで東京・日本は変革できる

猪 瀬:新現役ネット会員のみなさんこんばんは。私はおととい政府の産業競争力会議で「標準時間を2時間早めたらどうか」という提案をしてきました。賛否両論あるのは当然ですが、この20年間のGDP成長が横ばいとなっている中で、この国の経済を活性化させるための新たなアイデアを出したつもりです。20階建てのビルの容積率を上げて40階建てにしようとか、そういうハード面のアイデアはたくさんありますが、もっとソフト面で考えることがいっぱいあるんじゃないかというのが私の考えです。
 いまの季節、日本は夜7時半くらいまで明るいですよね。それを2時間ずらせたら、9時半くらいまで明るいわけです。サラリーマンが仕事をして残業をして、焼き鳥屋で一杯飲んで、家に帰ってバタンキューという、そういう社会・ライフスタイルのままでは経済はあまり動きません。アメリカでは、野球やミュージカルの始まる時間が日本よりも1時間から2時間くらい遅いです。日本人はなぜそんなに慌ててるんだと思います? 終電ですよ。都心に住んでいる人はともかく、郊外に住んでる人だったら乗り継ぎもあるし、夜10時半くらいにはもう帰りの心配をしなくちゃいけない。例えばいいコンサートを見てアンコールの拍手をしている時も、最終電車の時間を気にしなければなりません。僕は古本屋で昭和5年の時刻表を入手したんですが、その当時から山手線の終電時間は0時ちょっと過ぎでした。でもその頃と比較して、我々の生活はずいぶん変わりましたよね? 昭和5年の頃は夜の10時を過ぎたら真夜中みたいなものでした。しかし今は夜の12時だって人々はいろんなことをしています。終電の時間を気にしないで仕事のあとにスポーツをしたり、ミュージカルやお芝居を見たりできれば、経済的にも文化的にも、この国はもっと活気づくはずです。ロンドンもパリもニューヨークもベルリンも、みな24時間バスは動いていますし、シンガポールやウラジオストックなどは、すでに人為的に標準時間を早めています。メリット・デメリットは当然出てくると思いますが、生活・文化の活性化という面や、金融市場などにおいては大きなメリットが期待できます。あくまで問題提起ですから、僕が決めることではありませんが、これは成長戦略を語る中でじっくりと話し合っていきたいと思っています。

●オリンピック・パラリンピック招致について

猪 瀬:今年の東京マラソンには3万6千人の選手が出場したんですが、選手がウェアに着替えて服をボランティアに預け、走り終えたあと、3万6千人分、すべてのランナーのもとに服が戻りました。一人の間違いもなくですよ。これは我々日本人が持つホスピタリティ精神がどれほど優れているか、誇っていい部分だと思います。東京はそういうことができる世界でも稀な都市なんです。コースには心肺停止時に使う医療機器のAEDを70個配置していたんですが、ランナーが二人倒れた時、参加ランナーと近くにいた観客がすぐにそのAEDを使用して、倒れた二人は命をとりとめました。これもボランティアや都民の力です。オリンピックに向けてこういう部分は積極的にアピールしていきたいですね。招致に関しては国内の支持率も70%を超えるまで来ていますから、もっともっとPRは続けていきたいと思います。

●奇跡の情報リレーに救われた446人の命

猪 瀬:私は都知事に就任したその日に、都庁の全27局にツイッターアカウントの取得と、リアルタイムの情報発信を指示しました。たとえば福祉保健局が風疹の最新情報を発信したり、都営交通局が地下鉄の遅れをすぐに発信したり、現在はこちらから積極的に情報を発信しています。ツイッターは140字ですべて整理しなくてはいけませんから、役人がタラタラ書くような長い文章は掲載できません。わかりやすく簡潔に状況を説明する訓練にもなっていると思っていますし、災害など非常時の情報ツールとして使えると思います。
 いまやみなさん持っている携帯やスマートフォンですが、これで救われた命があります。東日本大震災の際、宮城県気仙沼市のマザーズホームという児童福祉施設も津波に襲われました。すぐ横には保育所があって、0~6歳くらいまでの子どもが70人ほどいました。園長の内海さんという女性は子どもたちを連れて隣の公民館の屋上に避難しましたが、すぐに津波が押し寄せてきて、屋上には内海さんたちをはじめ病気のお年寄りなど400人が孤立した状態となっていました。市内は火災も発生し、余震もひどく、吹雪もあって絶望的な状況でした。内海さんは震える手で「公民館にいます。火の海。ダメかも。がんばる」とメールを打ちました。極限状態の中での断片的な文章でしたが、このメールを、イギリスで暮らしている息子さんが受け取りました。
 息子さんはすぐにツイッターで「障害児施設の園長である私の母が、その子どもたち十数人と一緒に、避難先の宮城県気仙沼市中央公民館の3階に取り残されています。下の階や外は津波で浸水し、地上からは近寄れない模様。空から救助が可能であれば、子どもたちだけでも助けてあげられませんか」とツイートしました。文章がしっかりしてますよね。たった140字の中で、現在置かれている状況と、どう行動すべきかという提案をしてるんです。そのツイートは世界に向け発信されたわけですが、東京で偶然このツイートを読んだ鈴木さんという方がいて、すぐに動いてくれそうな人物を考え、東京都の副知事にその情報を送りました。当時の私ですね。面識はありませんでしたが、「@」のあとにinosenaokiと入力するとこういうことができるんです。私も普段だったら目にしなかったかもしれませんが、たまたま被災状況の確認などをしていたのでそのメッセージに気づきました。夜の12時頃でしたが、すぐに東京消防庁の防災部長を呼びました。こういう時、通常は被災県からの要請がないと出動はできないんですが、気仙沼消防署も被災しているような状況で要請は無理だろうと判断し、すぐに出発してもらいました。明け方、容体が悪化したお年寄りや子どもたちから順に救助していき、その屋上にいた446人すべての命を助けることができました。園長の内海さんからのメールをイギリスの息子さんが受け取り、的確な文章でツイートし、たまたま見ていた鈴木さんという方が私宛にメッセージを送って、非常時ということで消防がすぐに動いた。本当に奇跡的な情報リレーです。情報ツールの重要性と、一人ひとりの決断がいかに大切かということを、あらためて実感した出来事でした。
福 岡 猪瀬さん、示唆に富んだ大変興味深いお話、ありがとうございました。東京の標準時間の話は最初はおやっと思いましたが、お話を聞いていろんな変化があっていいのかなと思いました。猪瀬さんは「バカの壁」ということをおっしゃいましたが、時代遅れのルールのようなものは日本にはまだたくさん残っています。銀座あたりでもタクシー乗り場に行かなければタクシーを拾ってはいけないという、バブル期にできたルールがあります。雨の中、近くにタクシーがいてもわざわざタクシー乗り場まで行かなくちゃいけないんです。
 気仙沼の話を聞いていて、イギリスに住んでいた息子さんの文章能力はとても重要だったなと思います。小学校4年から英語教育を始めようなんていう話も出てきてますが、やはり文章力というのは大事ですよね?

猪 瀬:人にものを伝えるというのはとても難しいことです。都でも3年前から「言葉の力再生プロジェクト」というのを始めました。短くて的確にものを伝える文章能力を養うためのものなんですが、イギリスの彼が書いた文章はまさにお手本というべき内容ですね。今の若い人たちは本や新聞を読まなくなってきていますが、ツイッターのような短い文章だからこそ、それは重要になっている気がします。

福 岡:状況を伝えただけでなく、どうすべきかという提案があったから多くの命が助かったということもありますね。非常時に各自が独自に的確な判断をしたということも大きいでしょう。我々年齢を重ねて来た人間も、非常時にはその経験を活かして自ら判断し、行動できるようにしたいものです。